元気ですか〜!?
どうも、ろけねおです。
今回ご紹介いたします本は、作家で多摩大学教授でアフリカ・フランス文学翻訳家で、そして「白藍塾」塾長であらせられる樋口裕一さんの本でございます。
頭がいい人、悪い人の〈口ぐせ〉
「賢く見られたい」という欲求と、ボクが抱える「口の悪さ」のジレンマ
「頭がいい人だと思われたい」——そう感じたことは、きっと誰しも一度はあるのではないでしょうか。
ボクも、その気持ちがとても強い人間です。
ボクは団塊の世代ジュニア、いわゆる就職氷河期世代にあたります。
過酷な就職活動の中では、否応なく「自分の能力や印象」を他者と比較させられ、「周りからどう見られるか」という意識が骨の髄まで刷り込まれていきました。
そんな世代的な背景もあってか、ボクの中には今でも「賢く見られたい」「知的に思われたい」という欲求が強く残っています。
そしてボク自身、もうひとつ自覚している問題があります。
それは「口が悪い」ということです。
若い頃、誰か1人をやり玉に挙げて悪口を言い、友達の前で笑いを取った経験がありました。
それが気持ちよかったせいで、悪口や皮肉で場を盛り上げるというクセが、なかなか抜けないでいるのです。
そんなとき、書店で目に飛び込んできたのが『頭がいい人、悪い人の〈口ぐせ〉』というタイトルでした。
口ぐせを変えれば、頭が良く見えるかもしれない。
そして、自分の悪い口ぐせも直せるかもしれない。
そんな藁にもすがるような期待を胸に、ボクはこの本を手に取りました。
基本情報
- タイトル: 頭がいい人、悪い人の〈口ぐせ〉
- 著者: 樋口裕一
- 出版社: PHP研究所
- 発売日: 2006年3月1日
- ページ数: 221ページ(新書)
- 公式情報: PHP研究所 書籍詳細ページ
著者の樋口裕一さんは、作家であり多摩大学教授、そしてアフリカ・フランス文学の翻訳家でもあります。
小論文指導塾「白藍塾」の塾長として、長年にわたり言葉や思考に関する指導に携わってこられた方です。
まさに文章と話し方のプロフェッショナルが書いた一冊と言えます。
正直な違和感——「頭の良さ」の定義は本当にそれだけでいいのか?
ボクが感じた正直な違和感——「頭の良さ」の定義への疑問 本書を読み進めてまず引っかかったのは、「頭がいい人・悪い人」の定義そのものでした。
本書で「頭が悪い人の口ぐせ」として挙げられている例を見ていると、客観的には「感じの悪い人」や「配慮が足りない人」の言葉遣いに近いと感じたのです。
場の空気を読まない発言や、相手への思いやりが欠けた言葉の選択などがそれに当たります。
もちろん、他者への配慮ができない人を「頭が悪い」と表現することも可能でしょう。
しかし世の中には、意図的に空気を読まない発言をする「頭が良くて感じが悪い人」も確実に存在します。
逆に、頭の中に言葉がありすぎてうまく整理できず、話し下手になっている人を即座に「頭が悪い」と断じてしまうのは、少し乱暴ではないかと感じました。
また、他者の欠点を指摘するエピソードについても、「こういう人はダメだ」という指摘にとどまっており、著者の圧倒的な知性を感じさせるというよりは、「このくらいの指摘なら誰でも言えるのでは?」と思えてしまう瞬間もありました。
「知識の量」と、他者への想像力を働かせる「頭の良さ」は、必ずしもイコールではないのかもしれない。
そんなことを考えさせられる読書体験でした。
【実践レビュー】自分の口ぐせを棚卸しして見えた「ボクの課題」
① 読む前の自分(Before):知的に見せたいけれど、抜けない「悪口グセ」
前述の通り、ボクは「悪口で笑いを取る」というクセがやめられないという明確な課題を抱えていました。
口ぐせさえ良くすれば頭が良くなる、あるいは知的に見えるのではないか、というのが本を読む前のボクのスタンスでした。
② 具体的なアクション(Action):本書を「口ぐせチェックリスト」として活用
正直なところ、本書の内容すべてに共感できたわけではありません。
ただ、本書を「自分の日常の口ぐせを客観視するためのチェックリスト」として活用することにしました。
本書に挙げられている「頭が悪い人の口ぐせ」を一つひとつ確認し、自分の普段の会話に当てはまるものがないか、徹底的に見直してみたのです。
③ 試した結果(Result):安心した点と、解決できなかった本当の問題
確認してみたところ、本書で挙げられている「頭が悪い人の口ぐせ」は、幸いボクには当てはまりませんでした。
例えば、以下のような口ぐせが紹介されています。
- 「どうせ自分なんて…」:自己肯定感の低さを示し、聞いている相手を暗い気持ちにさせる。
- 「でも」「だって」:相手の意見を否定から入る姿勢で、対話を拒絶している印象を与える。
- 「普通はこうでしょ?」:自分の価値観を一方的に押し付け、多様性を受け入れない。
これらが自分の口ぐせにないことを確認できたのは、ひとつの安心材料になりました。
一方で、「悪口で笑いを取る」というボク自身の根本的な問題については、本書のアプローチだけでは解決しきれないことにも気づきました。
口先だけのテクニックではなく、自分の内面と向き合う別のアプローチが必要だとわかったことは、大きな収穫でした。
この本が「刺さる人」と、コミュニケーションを円滑にするヒント
本書は、次のような方に特におすすめです。
- 職場や学校での人間関係が何となくギクシャクしていると感じている人
- 無意識のうちに相手を不快にさせていないか、自分の言葉遣いが不安な人
「頭が良くなる本」として読むと肩透かしを食うかもしれませんが、「自分のコミュニケーションのズレに気づくための教科書」として捉え直すと、その価値は大きく変わります。
口ぐせを改善してもIQが直接上がるわけではありませんが、無意識のネガティブな言葉を減らすだけで、
「感じの良い人」
「話しやすい人」
と周りから評価される可能性は確実に高まるはずです。
さらなる「知性」を磨くために——次に読みたい関連本
この本を読んで、ボクは「頭が良く見える口ぐせ」のさらに奥にあるものを学ぶ必要があると感じました。
そこで、次に読みたい(または併せて読むと効果的だと思われる)本を2冊紹介します。
- 安達裕哉著『頭のいい人が話す前に考えていること』口ぐせや話し方の前段階、つまり「何をどう考えてから話すか」という思考の質そのものに踏み込んだ本でしょう。口先を整えるだけでは追いつかない、「知的に見せる力の根本」に迫れると期待しています。
- 櫻井将著『まず、ちゃんと聴く。コミュニケーションの質が変わる「聴く」と「伝える」の黄金比』 ボクたちはつい「自分がどう話すか」に意識を向けがちですが、コミュニケーションの本質は「聴くこと」にもあります。話し方を磨くだけではなく、聴く力も同時に鍛えてこそ、本当の意味で賢いコミュニケーションが成立するのだと思います。
まとめ:自分の言動を振り返る「鏡」として、この一冊を
『頭がいい人、悪い人の〈口ぐせ〉』は、ボクにとっては手放しで絶賛できる本ではありませんでした。
しかし、だからこそ「自分にとっての知性とは何か」「本当のコミュニケーションとは何か」を深く考えるきっかけをくれました。
本書の内容を鵜呑みにするのではなく、自分の言動を振り返る「鏡」として、あるいは「チェックリスト」として活用する。
そうすることで、自分の現状を客観視し、次にとるべき行動が見えてきます。
自分の話し方に少しでも不安がある方、周りからの見え方を変えたいと思っている方は、ぜひ一度自分の口ぐせの棚卸しをしてみてください。
この本は、そのための良いスタート地点になってくれるはずです。
それではまた。
ありがとう!