元気ですか〜!?
どうも、ろけねおです。
今回ご紹介するのは『センスの哲学』という千葉雅也さんがお書きになった本です。
センスの哲学
なぜこの本を選んだのか:枯れていく感性への焦り
「センス」という、掴みどころのないもの。
ボクは何の根拠もなく、自分はセンスが良いほうだと考えていました。
しかし、以前読んだ水野学さんの『センスは知識からはじまる』で、「センスとは知識の集積である」と学び、考えが一変しました。
知識さえあれば、センスは後天的に磨けるのです。
そう勇気づけられた一方で、年齢を重ねるごとの「焦り」も感じていました。
若い頃は、特に意識しなくても、周りの会話や空気から自然と「流行」が入ってきていました。
しかし、今は生活範囲がぐっと狭まり、自分から能動的に取りに行かないと、世の中の新しい動きを知ることができません。
「流行を知らない=センスが古いおじさん」と思われてしまうのではないか。
そんな漠然とした不安を抱えていた時、書店で千葉雅也さんの『センスの哲学』に出会いました。
「哲学的なアプローチから『センス』を深掘りすれば、小手先の知識ではない『本質的なセンス』が身につき、この不安も解消されるのではないか」
そんな期待を胸に、ボクはこの本を手に取りました。
しかし結論から正直に言うと、ボクにとってこの本はかなり難解で、退屈な読書体験となってしまいました。
この記事では、なぜボクがそう感じてしまったのか、その理由を正直に語ります。
そして、そんな「合わなかった」本からでさえ、どんな学びや発見があったのか。
高評価の話題作がしっくりこなかった方、購入を迷っている方の参考になれば幸いです。
『センスの哲学』基本情報
まずは本書の基本情報から紹介します。
- 書名:センスの哲学
- 著者:千葉雅也
- 出版社:文藝春秋
- 出版日:2024年4月5日
- 出版社HP:https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163918273
「センスがいい」とはどういうことか?
ボクたちが普段何気なく使っている「センス」という言葉を、哲学の視点から深く、多角的に考察していく内容です。
単純なノウハウ本ではなく、言葉の定義や物事の捉え方そのものを問い直す、まさに「哲学書」です。
Amazonレビューでは星4.2(2025年9月時点)という高評価で、多くの読者から支持されています。
ボクの独自視点での感想
Before:センスを磨き、時代に取り残されたくない
前述の通り、ボクは「知識を獲得することでセンスを磨くことができる」という希望を持っていました。
しかし、単に流行りの雑誌を読むだけでは物足りない。
もっと根本的な、哲学という新しい切り口から「センス」を理解することで、より深く、揺るぎない知識が得られるはずだ。
そうすれば、年齢とともに鈍感になっていく(と感じている)自分自身の感性を、アップデートできるのではないかと考えました。
Action:意地で読み切ったが、頭に入ってこない
しかし、読み進めるうちに、ボクは大きな壁にぶつかりました。
自分にとってこの本は説明が回りくどく、内容が頭に入ってきませんでした。
「あれ? さっきも同じような話をしてなかったか?」
「この比喩は、何を例えているんだろう?」
ページをめくる手が何度も止まりそうになりました。
ピンとこない箇所も多々ありました。
それでも、「ここでやめたら負けだ」という謎の意地で、分からない部分は分からないままに、必死に最後まで読み進めました。
結果として痛感したのは、「哲学者の書く本を読むには、ボクの基礎知識量が圧倒的に不足していた」という事実でした。
哲学者の独特の言い回し、論理の展開、比喩表現。
これらを咀嚼するための「受け皿」が、ボクにはまだ出来上がっていなかったのです。
Result:気づいた「修行は出直しの連続」
センスを磨くためには知識量を増やすことが肝要である。
↓
センスの知識を深めるためにこの本を手に取った。
↓
理解するためには「哲学の基礎知識」が必要だと痛感した。
↓
だから今は、初心者向けの哲学書を探している。
という流れで読み終えた後、ボクはAmazonの検索窓にこう打ち込んでいました。
「哲学 入門書」
ここでふと、一つの疑問(パラドックス)にぶつかりました。
「それならば、哲学者は皆センスが良いということになるんじゃないか?」
哲学者が本当にセンスが良いのかどうかを確かめるには、彼らの本を読むしかありません。
しかし、そのセンスの良し悪しを判断するには、読み手であるボク自身にセンス(と知識)が必要です。
そのためにはセンスを磨く必要があり、すると知識量を増やさないといけない。
そしてまた最初に戻る──。
この思考の循環に気づいたとき、アントニオ猪木さんが語っていた言葉が頭をよぎりました。
「修行は出直しの連続」
センスを磨くという行為は、ゴールのある徒競走ではなく、終わりのない修行のようなものなのかもしれません。
感想の深掘り:なぜ退屈だと感じたのか
では、具体的になぜボクはこの本を楽しめなかったのでしょうか。
自分の思考のクセを知るためにも分析してみました。
理由①:結論を急ぐ自分には合わなかった
本書は、ひとつの主張を、様々な表現や角度から何度も繰り返し語る構成になっています。
論理や言語表現の多層的な広がりを味わえる方にとっては、この「繰り返し」こそが思考を深めるプロセスなのでしょう。
しかし、「で、結論は何?」「明日から何をすればいいの?」と、すぐに答えやノウハウを求めてしまうせっかちなボクには、正直なところじれったい展開でした。
理由②:比喩が「プロレス例え」のようにすれ違った
哲学書特有の硬質な言い回しや、引用される比喩が、ボクには馴染みの薄いものばかりでした。
むしろ、例えを出してもらったことで、かえって混乱してしまうという悪循環。
これは、ボクが日常会話でつい「プロレス」で例えてしまう現象に似ています。
プロレスを全く知らない人からすれば、「その例え、逆に分かりにくいです! 普通に言ってください!」となりますよね。
それと同じことが、読書中のボクの頭の中で起きていました。
これは本のせいではなく、ボクという受信側のチューニング(知識と教養)が合っていなかったのです。
それでも心に刺さった3つの論点
「合わなかった」とは言いましたが、それでも意地で読み切ったことで、ハッとさせられる記述にも出会えました。
特に印象に残っている3つの論点をご紹介します。
論点①:「地頭」という言葉への違和感
いわゆる「地頭」に似ているところがあると思います。地頭とは、もとからの変えられないものとして言われる。僕はこういう言葉に警戒しています。(中略)努力による変化を認めず、多様性を尊重せず、人を振り分けようとする発想があるからです。
この「警戒しています」という表現に、ボクは強く共感しました。
「地頭が悪い」と言われる状態は、生まれつきの能力不足ではなく、
「これまで考える努力をしてこなかった」
「他者の視点を取り入れなかった」
結果に過ぎないのではないか。
そう考えれば、50代の今からでも、行動次第でいくらでも変えていけるはずです。
「地頭」という言葉で可能性に蓋をしてはいけないと、改めて感じました。
論点②:「欠如」を埋めるための無駄口
小説とは、大きく言えば、何かの欠如を埋めるという、生物の根本運動にドライブされながら、その解決を遅延し=サスペンス構造を設定し、長々と無駄口を展開していくことであり…
「なるほど」と思う反面、皮肉なことに、この『センスの哲学』という本自体が、まさにこの「長々と無駄口を展開」しているようにボクには思えてしまったのです(笑)。
著者の言葉を借りれば、本書は「センスとは何か」という欠如を埋めるために、あえて解決を遅らせ、言葉を尽くしている。
「そうか、だからボクはこの本をもどかしく感じたのか」と、妙に腑に落ちました。
この構造自体が、著者の狙い通りだったのかもしれません。
論点③:理想との「ズレ」をどう捉えるか
創作活動における「理想と現実のズレ(=余り)」に関する記述も印象的でした。
自分の理想とするものにならなくても、自分はこういう余らせ方をする人なんだからいいや、と思えるわけです。
ブログを書いていると、理想の記事と実際に書けた記事のギャップに悩むことが多々あります。
そのズレを「失敗」と捉えるか、「自分固有の味」と捉えるか。
承認欲求が強いと「失敗」に見えてしまいますが、もっとポジティブに自分の「足りなさ」を愛せれば、創作はもっと楽しくなるはずです。
こんな人におすすめ
結論として、本書は「ボクには合わなかったけれど、間違いなく深みのある良書」です。
こんな人にオススメです
- 物事を深く、哲学的に考えるのが好きな人
- 言葉の定義や表現の揺らぎを楽しめる人
- すぐに答えを求めず、思考のプロセス自体を重視する人
こんな人には向かないかもしれません
- 明日使える実践的なノウハウが欲しい人
- まわりくどい表現が苦手で、結論を急ぎたい人
- 平易で分かりやすい文章を好む人
もしあなたが後者で、「センスについて学びたいけど、哲学書はハードルが高いな…」と感じるなら、前述した水野学さんの『センスは知識からはじまる』の方がオススメです。
他に読んでみたい本
『センスの哲学』という高い壁にぶつかったことで、逆に「もっと基礎から学びたい」という意欲が湧いてきました。
『センスのよい考えには、「型」がある』
著者:佐藤真木、阿佐見綾香
タイトルから想像するに、こちらの本はセンスを磨くためのロジック(型)が記されているようです。ボクはこれまで「型」を学ぶことで成長してきた実感があるため、こちらのアプローチの方が肌に合いそうです。
『センスを磨く読書生活 私たちは本でできている』
著者:奥村くみ
「読書」と「センス」の関係性を説く本のようです。今回の読書体験も含め、どう読めばセンスとして蓄積されるのか、そのヒントを探したいと思います。
まとめ:合わなくても、読む価値はあった
この記事では、話題作『センスの哲学』がなぜボクに合わなかったのか、その理由を正直に語ってきました。
読み終えた今も、「理解はできても、完全には納得できない」というモヤモヤした感覚が残っています。
まるで、職場の上司の小難しい話を我慢して聞いているときのような、あの感覚です。
それでも、この本と向き合い、なんとか読み切った時間は無駄ではありませんでした。
自分の知識不足、思考のクセ、そして「分からない」という事実をハッキリと確認できたからです。
分からないことに腹を立てるのではなく、「今の自分にはこれが分からないんだな」と認識し、基礎(入門書)に立ち返ること。
それ自体が、もしかしたら「センス」を磨くための、最も重要な第一歩なのかもしれません。
「修行は出直しの連続」
この言葉を胸に、ボクはまた新しい本を──今度はもう少し優しい哲学の入門書を──探そうと思います。
難解な迷路に挑んでみたい方は、ぜひ一度『センスの哲学』を手に取ってみてください。
あなたには、別の景色が見えるかもしれません。
それではまた。
ありがとう!