元気ですか〜?!
どうも、ろけねおです。
今回読みました本はこちらでございます。
最強レスラー数珠つなぎ
同じ本の感想を続けて書いております。
今回は岡林裕二編です。
ボクが岡林裕二選手を知ったのは、関本大介選手を知ったのとほぼ同じタイミングだったと思います。
ただ、そのとき岡林選手は欠場中で、実際に動いている姿を観ることができませんでした。
それでも、一度だけ試合を観た記憶があります。
やはり関本選手同様にインパクト抜群の見た目です。
一体どんな選手なのか、深掘りしていきましょう。
『トラック野郎』と自衛隊
岡林選手は幼少期からプロレスと『トラック野郎』が好きだったそうです。
ボクより10歳ほど若いのに『トラック野郎』を知っているとは驚きました。
ボクも大好きな映画シリーズなので、急に親近感が湧きましたね。
プロレス入りする前は、自衛隊の体育学校でウエイトリフティングに打ち込んでいたそうです。
ウエイトリフティングといえば、ジェイク・リー選手も同じ経歴ですが、岡林選手のほうがより「パワーファイター感」が強い。
見た目からして説得力がある肉体で、まさにプロレスラーにピッタリの資質を持っていると感じます。
関本選手は野球出身でありながら、あの肉体を作り上げたのですから、どれほどのトレーニングを積んだのか想像もつきません。
岡林選手と関本選手がいるだけで、大日本プロレスのストロングBJが「本物の肉体派レスラーが揃う団体」という印象を強めています。
焼却炉で見つけた『週刊プロレス』
岡林選手がプロレスに興味を持ったきっかけは、小学3年生のとき。
かくれんぼ中にたまたま隠れた焼却炉の中で、『週刊プロレス』を発見したことがすべての始まりだったそうです。
※余談ですが、たしかこんな風に焼却炉に隠れる子どもが居て、燃やされてしまう事故で学校の焼却炉がなくなったとか。
高知県出身の岡林選手ですが、地元ではテレビ朝日系列の放送が観られなかったため、新日本プロレスではなく全日本プロレスを観て育ちました。
その影響で、四天王プロレス時代のスタン・ハンセンやスティーブ・ウィリアムスに憧れ、アメリカンスタイルのパワーファイターに魅了されたそうです。
現在の岡林選手のルックスを見ると、まさに「憧れたアメリカン・パワーファイター」を体現していると言えます。
普通なら「日本人の自分にはなれない」と諦めそうなところを、疑わずに鍛え続けて夢を掴んだのだから、真っ直ぐで純粋な性格が伝わってきます。
人生の節目に関本大介選手の存在
岡林選手の人生には、重要なタイミングで必ず関本大介選手が登場します。
自衛隊の体育学校で6年間ウエイトリフティングに打ち込むも、オリンピックに行けなければ普通の部隊に戻らなければなりません。
そんなとき、『週刊プロレス』の表紙に関本選手が登場していたのを目にします。
実は岡林選手、中学時代から関本選手のことを知っていたそうです。
明徳義塾高校に進学した友人から「先輩にすごい人がいる。たぶんお前より力がある」と言われ、パワーに自信があった岡林選手は、その頃から関本選手を意識していたとか。
さらに高校3年生のとき、野球部出身の関本選手がプロレスラーとしてニュースになり、ますます気になる存在に。
そして、ウエイトリフティングを辞める決断をしたとき、偶然テレビで「関本大介 vs マンモス佐々木」の試合を観てしまい、初めてプロレスを観たときの衝撃が蘇ったそうです。
こうして大日本プロレスに入団し、レスリングの基礎は関本選手から学びました。
年齢は1つしか違わないのに、まるで師弟関係のような絆を築いています。
岡林選手の生き様に憧れる
ボクには、岡林選手のように「人生を大きく変えた存在」や「師匠」と呼べる人がいません。
若いころに強く憧れた人がいたとしても、それはあくまで憧れでしかなく、近づこうと努力したことはありませんでした。
岡林選手のように、ゴチャゴチャ考えずにひたすら突き進み、結果を出している人を見ると、尊敬の念を抱かずにはいられません。
今回、岡林選手に興味が湧いたのでWikipediaを調べてみましたが、そのエピソードの濃さに圧倒されました。
「この人はプロレスラーになるべくしてなった人だ」と感じます。
これはもう、大日本プロレスを観に行くしかありませんね。
それではまた。
ありがとう!
