元気ですか〜?!
どうも、ろけねおです。
今回読みました本はこちらでございます。
博士の愛した数式
少し前に映画版を観ました。
大変楽しめましたので、原作も読んでみるかという気持ちになりました。
小説版は話が進むでもなく戻るでもなく、停滞したような感覚に陥りましてちょっと読むのに飽きが来てしまいました。
そして、しばらく違う本を読んでからまた再開して最後まで読みました。
もう少し内容をコンパクトにしたほうが良かったんじゃないかと思いました。
つまり、ボク的にはこの作品は映画版が丁度いいです。
映画を先に観たからでしょうけど。
ブログを読んでるような
小説である以上、全部が全部という事ではないにしても、あらかた作り話なわけです。
しかしこの作品は作り話というより、名も知らぬ普通の家政婦さんの日記を読んでるような、いやブログか、そんな感じでした。
感情が大きく揺さぶられるようなことはなく、淡々と進み、そして終わりました。
でも、ええ話やな〜となる清々しい読後感がありました。
多少退屈はしてしまいましたが最後までたどり着けたのは、そういうところだったと思います。
自分だったらどうするだろう?
主人公である博士は80分しか記憶が保たないという人です。
交通事故でそうなってしまったのですが、交通事故以前の記憶はあるのですが、それ以降は何の記憶もないのです。
この物語はその博士の家にやってくる家政婦さんとその息子との触れ合いを描いた話です。
そういうちょっと身近にはいないような人が出てくる話を読みますと、例えば自分だったらどうするだろうとか考えてしまいます。
※現実には本当に記憶を失う人は近くにはいないのですが、記憶を失っているのではないかと疑いたくなるほど、記憶が出来てない人はいたりします。
ボクがそういう風に記憶できないようになってしまったら、ボクがそういう風に記憶が出来ない人と接するとしたら、ボクの家族にそういう人がいたら、ボクはどういった態度を行動をとるのだろう?
この家政婦さんのように接するのがベストかな〜と思いましたが、果たしてボクにそれができるかと考えると、かなり難しいな〜と思いました。
違いを認めるということ
これは凄く特殊な人が出てきているから簡単に想像しづらくなっていますが、これを他人の個性だとすれば、理解し難い考え方を持っている人や全く違う環境で生きてきた人と接するということです。
ついつい自分ばかりが正しいと思って、理解し難い考え方を持っている人を批難したり、攻撃したり、蔑んだり、全く違う環境で生きてきた人を無視したり、遠ざけたりしがちです。
相手の立場に立って、出来るだけお互いに歩み寄る姿勢がなければ、衝突するしかなくなってしまいます。
カンタンに言ってしまうと、違いを認めるということが出来ないとしんどいということです。
多くの人と上手くやっていくには、常にそういう姿勢でいるほうがいいでしょう。
わかっていながら、いざその場面に出くわすと出来ないものです。
数学のおもしろさを知れる
さて、この家政婦さんが数学の世界に魅了されたように、これを読んでいると数学という学問が面白いものだな〜と思わされます。
↑この本に出てくる数学者がこの小説の博士のモデルであるらしいんですが、数学そのものより、この数学者に興味が湧いて来ました。
近いうちに読んでみたいと思いましたが、家には読んでない本がいっぱいありまして、とりあえずはまた今度ということに・・・。
数学は子供の頃から好きでした。
でも、自分の進路を決める時に数学科よりも機械科に行ったほうが就職に有利らしいってなことを耳しました。
就職なんかせずにミュージシャンになりたかったくせに、なぜか就職に有利なほうを選択してしまったのです。
後にずいぶん後悔することになりました。
あの時、純粋に好きな数学を勉強していれば、今とは違う、もう少しストレスのない人生を送っていたかも知れない、なんて思ってしまいました。
心のままに自分を動かすのはなかなか難しいものです。
今後はもっと自分の心の声を聞いてやるようにしたいと思えた物語でした。
それではまた。
ありがとう!